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ミスター鈴井の華麗なる人生!

水曜どうでしょう 出演陣 どうでしょう班とは-

水曜どうでしょうの立役者!
鈴井 貴之(すずい たかゆき )

生年月日:1962年5月6日  178cm O型 おうし座

北海道を中心に活躍するタレント・映画監督・構成作家である。
時々「ハイパーメディアパーソナリティー」、「ハイパーメディアプレーヤー」と自称したり形容されたりする。
愛称は「ミスター」。また、株式会社クリエイティブオフィスキュー の代表取締役社長でもある立派なお方なのだ。

概要
北海道赤平市出身の血液型O型。幼少期は病弱で入退院を繰り返す日々を送った。そのため2005年までカナヅチだった。

小さい頃から8ミリカメラで映画を撮るのが好きだった鈴井は、北海道赤平高等学校を経て北海学園大学法学部に入学するも、
ここで演劇に出会い、酒と演劇に溺れ大学を中退することとなる。
その後「ノーティキッズ」、「劇団487パラシュート」などいくつかの劇団を立ち上げた後に、「劇団OOPARTS(1990年旗揚げ、1998年完全消滅(解散はしていないらしい))」を主宰。
当時、300人収容の札幌本多小劇場や倉庫などの芝居小屋が当たり前だった札幌演劇界の中、700人収容の道新ホールなど大ホールで公演した。
地元北海道では「1000人の客を集められる男」として演劇界では有名であった。

最近は鈴井自身が舞台などの場において芝居をすることはほとんど無くなったが、その昔は他を圧倒するような演技だったと言われている。

1991年秋には札幌本多小劇場において初の一人芝居を行う。ガラスを割ったりエキストラに殴られるなどの過激なシーンが乱発する。
なんと自らの体に保険をかけたほどの意欲作だという。
千秋楽では右手から血を流しながらカーテンコール中、涙を流し、ファンの間では語り草になっているほどとか。
なお、演劇一筋だった20代は恐ろしいほど極貧生活を送っていたのも有名な話である。

演劇活動と並んで北海道内のテレビ番組の企画・構成を手掛け、AIR-G'では、夕方の帯番組「GO・I・S」(ゴイス)を担当する。
その後、彼を全国的に有名にしたのは、やはり自ら企画しオフィスキュー所属俳優の大泉洋などとともに出演した北海道テレビ放送(HTB)制作の深夜番組「モザイクな夜」や
水曜どうでしょう」である。北海道以外でもその内容が話題を呼び、北海道内での本放送が終了した後も、地方のテレビ朝日系列局や関東・関西のUHF局で放送されるなど
人気・知名度は確実に上がっていった。
番組のDVD発売では記録的な大ヒットを飛ばし、すでに知名度は大泉洋と共に全国区となっている。
その証拠に、東京国際映画祭のレッドカーペット上で「ミスター!」という歓声が上がった。

また「CREATIVE OFFICE CUE」クリエイティブオフィスキューの代表取締役社長で、舞台やテレビ番組の企画・脚本などを企画立案こなしている。
加えて、自らも役者として活躍している。「ガメラ2 レギオン襲来」など、映画出演もしている鈴井だが、最近では映画監督としても活躍も目覚しいものがある。
しかし、何歳になっても初心を忘れることはない。
若手タレントには「俺は40になっても『タコ星人(タコのような衣装とメイク、常に激しく回転しているキャラクター)』をやってるんだぞ!」と檄を飛ばしている。

生涯現役がモットーであり、40代になった今でもバラエティお笑い番組では若手タレントに引けをとらない逆にそれを喰うほどの存在感放っている。
キャスター業もこなせる鈴井は、2004年8月にはアテネに赴き、北海道テレビ放送の小野優子アナウンサーと共に
五輪応援企画「アテネGEKIJO」の現地メインキャスターを努めるなど幅広い才能をこよなく発揮している。

タバコの銘柄はマルボロである。水曜どうでしょうの映像の中でしばしば喫煙シーンが見られる。
最近はタールのグラム数を落としたり、葉巻を吸い始めているようだ。

後に詳細を書くが、韓国留学を前にKING GO・I・S(キング ゴイス)が終了してぽっぷこ〜んシネマは音尾琢真に譲る形で降板した。
しかしその後約一年ぶりにAIR-G'のHOME&AWAYでレギュラー番組が復活。再び本格的に芸能活動を再開させる。

舞台演出関連からは劇団OOPARTS解散後、しばらく遠ざかっていたが(ただし、TEAM-NACSなどの舞台のアドバイスはしていた)、
帰国第一号作「リーディングドラマ第一章"DIARY~失ったガラスの靴を探して…"」の作・演出として約10年振りとなる本格的な舞台演出家としての活動を始めたのである。
舞台役者としては1998年の劇団OOPARTS消滅を以って引退していたわけだが、「CUE DREAM JAM-BOREE 2006」では、プロデューサーであった大泉洋の策略によって
半分舞台に復帰したような形になってしまう。

帰国後は、大泉洋から「レギュラーはラジオ一本だ!」、「事務所から干され気味だ」と揶揄され、
鈴井本人も「社長じゃなかったら(事務所を)やめてやろう」、「テレビはすべて再放送! 」(水曜どうでしょうとドラバラ鈴井の巣の事を指している。)と同調したが、
アルバイト北海道(アルキタ)のCMをプロデュースしたりし、JTB北海道のイメージキャラクターに起用されたりなど、留学前とはまた違った活躍をしている。

また前より東北地方のローカル番組へのゲスト出演が多いのも鈴井の特徴。
2006年3月にはエフエムFM青森の特別番組のメインパーソナリティーとして出演した。
おなじく10月より、Date FM(FM仙台)でのレギュラー番組の放送も決定するなど本人曰く「東北を制覇したら、関東を避けて次は東海地方」だそうだ。

映画監督としての鈴井

鈴井は2000年夏に撮影された「man-hole」を皮切りに「river」、「銀のエンゼル」と3作品の監督をしている。
共通して言えることは鈴井が「MADE IN 北海道」にこだわっているということである。北海道をこよなく愛す。
そして、特にman-holeと銀のエンゼルに関しては「北海道で生活する人の日常を感じ取って欲しい」という鈴井の考えから、
北海道の有名な観光地などではなく道民の普段の生活の場である地下鉄や幌平橋などで撮影を敢行している。
銀のエンゼルは実際に斜里町に実在し、営業している店舗で撮影が行われた。
鉄塔や送電線も「人々の生活がそこにある証拠である」として、積極的にその存在をアピールさせた。

出演者に関してはTEAM-NACSチームナックスをはじめとした鈴井自身の事務所クリエイティブオフィスキュー所属タレント(大半が北海道出身である)を起用して、
全国的に活躍していた北海道出身の俳優をキャストに盛り込んでいる(小日向文世や小野寺昭がそれにあたる)。
スタッフにも北海道で活動している人物・団体を起用した。
相対照的に「銀のエンゼル」では東京のスタッフを多数起用した。
これは東京をアウェーAWAYと位置づけ、ホームHOMEとアウェーAWAYを往来することで成長していこうする鈴井の考えだった。
riverと銀のエンゼルでは、スタッフロールのうしろにワンカット挿入されている。そのことで上海国際映画祭ではトラブルが発生することとなる。


韓国留学
2004年11月より韓国・釜山へクァク・キョンテク監督の新作「タイフーン/TYPHOON」クランクアップまでの間、一スタッフとして参加するために留学した。
2005年8月2日に釜山から関西国際空港経由で帰国する。留学中にも一部のシーンはタイやロシアに渡航してまで撮影した。

2004年10月28日には番組8周年記念の銀のエンゼルキックオフも併せて「ミスター大壮行会」と銘打って大勢のファンに送り出された。根強い人気が証明された。
(「水曜どうでしょうDVD全集 第5弾」に収録されている)。その後DVD第5弾の前枠・後枠撮影後に韓国へと旅立つなど活発な動きを見せている。

留学中の間にも静岡市清水区(MOVIX清水)と仙台市太白区(MOVIX仙台)と利府町(MOVIX利府)で行われた「銀のエンゼル」の舞台挨拶や
COMPOSERコンポーザー札幌・広島公演、愛娘の運動会(子煩悩でも有名)、そして水曜どうでしょうのロケとDVD副音声収録といったようにかなり過密スケジュールで
一時帰国していた。そのため周りの人たちは「また帰ってきたんですか?」という感じだったらしい。
水曜どうでしょうの藤村ディレクターも「日本にいた頃とあまり変わらないくらいの頻度で会っていたので韓国に行っていた実感がなかったなぁ」と話している。
またどうしてか留萌で目撃証言があったらしい。

この韓国留学は鈴井自身のものの考え方に大きく影響している部分もある。
藤村ディレクターからは「すっかりくだけた(丸く?)人になってしまった」と言われ、留学中に撮影が行われた水曜どうでしょうのロケの中でも、鈴井はかなり“ゆるい”発言をしている。
韓国から帰国した後でも映画を撮影する予定は当分ないが鈴井は「じっくりやる」と宣言していた。


水曜どうでしょう企画担当&出演者としての鈴井


鈴井は水曜どうでしょう放送開始から企画担当の構成作家として、出演者として制作の表裏両面で番組を支えた。
放送開始の頃、大泉洋がまだ現役の大学生であったため(当時、大泉洋はまだ芸能活動への意識が低かったといわれている)
藤村ディレクターがHTB本社制作部に異動したばかりの頃でバラエティ番組の制作能力が未知数であったことと、
嬉野ディレクターが北海道に来てまだ半年ほどしか経っていなかったこと(元々フリーランスの映像ディレクターだったがバラエティ番組制作の経験はなかった)
等の理由でバラエティ番組制作ノウハウを持つ鈴井だけがしゃべっていたという状態があった。
しかし次第に大泉洋がテレビに慣れ始め、鈴井以上にしゃべりだしさらには藤村ディレクターまでもがしゃべりだしたため番組終了の頃には鈴井はほとんどしゃべらない状態になっている。これは水曜どうでしょうの特徴でもある。
鈴井は初めからテレビに対する姿勢が人一倍強い。「テレビ出演することは仕事である。」をモットーに出演していたので、大泉洋はよく説教されたらしい。
「水曜どうでしょう」の人気企画「ヨーロッパ21ヶ国完全制覇」の中でも「(企画の目的であるヨーロッパを)21ヵ国回ることができなかったら、番組を辞める」と並々ならぬ決意を表明している。(結果は回れなかったのだが彼が辞めていないのは謎である)
また、同番組では「合宿」と呼ばれる強行スケジュール度々行われたり、記録や感動をテレビを通じて残したかったらしい。(水曜どうでしょうDVD第7弾副音声に収録されている)

現在の番組での鈴井のキャラクター
番組開始当時、以上のように番組を積極的に引っ張っていた鈴井だが、大泉洋の成長(と藤村ディレクターの発言の増加もあり)により、
「出演タレント・鈴井貴之」は周りから一歩引いたスタンスになっていく。しかし一方ではダジャレや前枠後枠の中ではじけたキャラクターで爆笑を取るのが彼の役目になっている。
(鈴井本人は「ダジャレは好きではない」と言っているらしいが)

または重要な場面では鈴井がきちんと仕切る(企画発表やレギュラー終了の告知などの重要なもの)。

発言数こそ多くないが、その存在感は「ミスター」の名にふさわしいほど大きく、偉大で水曜どうでしょうの中心であると言える。
「番組をひっぱること」そして「(サイコロの旅などで悪い目を出したりなど)番組をおもしろくする」ことから鈴井は大泉洋から「ミスターどうでしょう」の称号をつけられ、
気に入った藤村ディレクター、嬉野ディレクターから呼ばれ続け、HTB社内はもとより、さらに北海道内、ゆくは全国に「ミスター」の呼び名が広がったのである。
(ただし、ドラバラ鈴井の巣などの別の番組ではなぜか「社長」もしくは名前で呼ばれることが多い。どうでしょうオリジナルの呼称。)


また鈴井は甘いものが苦手。「水曜どうでしょう」で、鈴井が番組収録中に企画に対して怒ったことを機に、その機嫌を直すという目的で岡山のきびだんごをわざと喜んで食べたことがある。
そこからなぜか「鈴井は甘い物が大好き」という設定になってしまったことがある。
そのため、何かあるたびに甘いものを食べさせられるようになり、水曜どうでしょうではこのことを「ミスター生き地獄」と名づけ、テロップまで流して笑いを取った。
特に1997年に行われたヨーロッパ21カ国完全制覇においては半分アーモンドで出来た、半分砂糖だけのようなマジパンというものをいくつも食べさせられてダウンしたり、
藤村ディレクターが逆に無類の甘い物大好きということもあり、日本全国の甘い物を求めて移動し、食べ続けて藤村ディレクターと直接対決する「対決列島 バトル オブ スイーツ」という企画を勝手に立ち上げられたこともある。しかし番組内ではジュースをおいしそうに飲むシーンなどもあり、本当に甘い物が苦手なのかは謎である。


また甘いものと同じくらいにマヨネーズも苦手だという。アラスカに行った際、大泉洋のお手製のパスタ「オーロラソース」に苦しめられた。
しかし意外にもソフトクリームは大好物らしい。そんなに甘くないさっぱりとした牛乳の味がするスフとクリームが好きだという。
水曜どうでしょうの初めの頃に登場した「ダメメガネ」は、ロケ時にどこかに忘れてきて紛失したらしい。


基本的に几帳面な性格の鈴井だが(時に潔癖なほどだという)。「水曜どうでしょう」のスペシャル的な企画番組「プチ復活! 思い出のロケ地を訪ねる小さな旅」においては、
機材セッティングや起床時間などディレクター陣がミスターに頼りきり(かなりアバウトなD陣である)なのを見かねた大泉洋に「ミスターはアズビーじゃねぇんだぞ!」と言われた。
アズビー(AZBY)とは、ドラバラ鈴井の巣などでおなじみのロケコーディネイト会社のこと。鈴井は不平不満を言うことは少ない。

テレビ・ラジオ番組
北海道テレビ放送 「おにぎりあたためますか」(企画) 「水曜どうでしょう」 (企画・出演) 「ぽっぷこ〜んシネマ」 「ドラバラ鈴井の巣」(企画・構成・出演) 「週刊Nanだ!Canだ!」
「モザイクな夜」(企画・構成・出演) 札幌テレビ放送 「1×8いこうよ!」(構成) 「ステイ+α」(ステイタス) 北海道文化放送 「プカプカ」 北海道放送 「パック2」(再現ビデオ)
AIR-G' 「GO・I・S」 「KING GO・I・S」 「HOME&AWAY」 「FM ROCK KIDS」 Date FM 「北風小僧」(東北6県ブロックネット) フジテレビジョン
「ケンカの花道」(素人として、夫婦で競演) BSフジ 「おおいずみんみん蝉」(「TV☆Lab」内) チャンネルNECO 「プロジェクトCue 鈴井貴之のフィルム・ジャンボリー」(2006年10月放送。映画3作とメイキング、北海道内のロケ地を訪ねるミニ番組「鈴井貴之のロケハン。」)

映画
「man-hole」(2001年・主演:安田顕)
「river」(2003年・主演:大泉洋)
「銀のエンゼル」(2004年・主演:小日向文世)

音楽
「DA.BE.SA」−NORTH END×AYUMI(1994年・作詞・歌)EPICソニー
"AYUMI"こと鈴井亜由美は奥様(CREATIVE OFFICE CUE副社長)。
EAST END×YURIも参照されたい。
「おやG」「ソフトフォーカス」−ケンタカユッキー☆フライド事件(2001年・作詞・歌)インディーズ
鈴井(ビューティーたか・Vo)と安田顕(アフターけん・G)によるデュオ。

関連項目
CREATIVE OFFICE CUE (社長を務める会社)
大泉洋(所属の看板タレント)
大下宗吾(所属のローカルタレント)
藤尾仁志(オクラホマ)(所属のローカルタレント)
河野真也(オクラホマ)(所属のローカルタレント)
音尾琢真(所属のローカルタレント)
北川久仁子(所属のローカルタレント)
小橋亜樹(所属のローカルタレント) 
佐藤重幸(所属のローカルタレント)
宮崎奈緒美(所属のローカルタレント)
飯野智行(所属のローカルタレント)
森崎博之(所属のローカルタレント)
安田顕(所属のローカルタレント)
川島直樹(所属していた元ローカルタレント。現在は芸能界引退)   
北海道テレビ放送 (企画・出演している番組が多い、北海道のローカルテレビ局)
藤村忠寿 (北海道テレビ放送制作部所属のディレクター。水曜どうでしょうチーフ・ディレクター)
嬉野雅道 (北海道テレビ放送制作部所属のディレクター。水曜どうでしょうカメラ担当ディレクター)
ELLEGARDEN(ファンである)
放送作家
脚本家


 

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